維新の指導的政治家であった木戸孝允(1833~77)は明治政府高官となり,鴨川畔の近衛家邸を買い取り京都別邸とした。明治10(1877年)5月19日,京都別邸で危篤に陥った木戸を京都滞在中の明治天皇が見舞いに訪れたが,木戸は同月26日に死去。この邸には孝允没後その子忠太郎が住み,昭和18(1943)年京都市に寄贈され,現在は市職員厚生施設となっていて,敷地南端部分に孝允が没した木造二階建て家屋が残る。この石標は明治天皇が孝允を見舞った建物を明治天皇に関する史跡として示すものである。昭和8(1933)年11月に史蹟名勝天然紀念物保存法により史蹟に指定されたが,昭和23(1948)年6月に他の明治天皇関係史蹟(明治天皇聖蹟)とともに指定が解除された。京都市内で解除されたのは,明治天皇行幸所木戸邸(昭和8年指定),明治天皇妙法院行在所(昭和9年指定),明治天皇行幸所本願寺(昭和9年指定),明治天皇御小休所本願寺旧大教校(昭和12年指定),明治天皇御小休所枳殻邸(昭和9年指定),明治天皇御小休所安楽寿院(昭和9年指定)の6件である。
なお,同文の碑がもう一基(NA103)あるが,他の明治天皇聖蹟碑と比較し,高さの点でこの碑が本来の指定石標だと考えられる。
|