広沢池中島由来碑UK161 |
ひろさわのいけなかじまゆらいのひ |
嵯峨の広沢池には島があり,観音像を安置していたので観音島とよばれていたが,寛永年間に波風に破壊され無くなり,像は遍照寺に移された。明治になり旧蹟に人工島を築き,往昔をしのぶよすがとした。この碑はその経緯を示す。 |
所在地 | 右京区嵯峨広沢町 |
位置座標 | 北緯35度01分36.7秒/東経135度41分18.4秒(世界測地系) |
建立年 | 1893年カ |
建立者 | (嵯峨村カ)有志 |
寸 法 | 高90×幅75cm |
碑 文 | |
[南] | |
池中有一島以安観音霊 | |
像世人之称観音嶋観月 | |
之勝地也後有以遷霊像 | |
於遍照寺島者寛永年間 | |
為波浪所破壊有志者之 | |
憂其滅亡也久矣今茲相 | |
謀尋旧所新築一島工成 | |
因刻其概略以伝不朽云 | |
時維明治廿■■年二月 | |
[北] | |
発起人 | |
遍照寺住職 隆■■■■ | |
池内■■ | |
有志者 | |
井上與四郎 長原勘兵衛 | |
小松喜兵衛 松井安右衛門 | |
■■■三郎 池内喜兵衛 | |
松本丹治 池内太兵衛 | |
野路井孝治 杉村市右衛門 | |
小林吉明 伊藤庄七 | |
松尾■■郎 | |
調 査 | 2015年12月2日 |
備 考 |
位置図 | |