寛平法皇御旧跡法皇寺

SA049

かんぴょうほうおうごきゅうせきほうおうじ
石碑(0007075)石碑周辺(0007074)

 法皇寺は,もと乙訓郡今里(現長岡京市)にあり乙訓寺と呼ばれた。寺伝によると推古天皇(554〜628)の勅願で建立され,宇多法皇(寛平法皇,867〜931)が落飾した後,この寺を行宮としたため法皇寺とも呼ばれた。その後,今熊野日吉町附近に移り,足利義満が伯英(?〜1403)に命じて禅宗寺院として南禅寺に附属させた。18世紀前半頃,左京区東門前町に移転。明治11(1878)年南禅寺金地院に,同21年この地(同寺牧護庵)に合併された。牧護庵は後宇多法皇(1264〜1324)ゆかりの寺である。この石標は,牧護庵内の法皇寺を示すものである。

所在地左京区南禅寺福地町(牧護庵内)
位置座標北緯35度00分42.1秒/東経135度47分30.0秒(世界測地系)
建立年1925年
建立者三宅安兵衛遺志
寸 法高160×幅24×奥行17cm
碑 文
[西]
寛平法皇
            法皇寺
   御旧跡
[東]
大正十四年春   因三宅安兵衛遺志建之
調 査2002年2月19日
備 考

位置図
位置図

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