又吉泉記碑 碑文の大意
 神戸の山中に霊泉(ふしぎな力を持つ水)が涌いて出た。英国人某氏が試飲し「これは鉱泉である。浴しても飲んでも病気を癒し寿命を延ばすものだ」と賞賛した。しかし信用する人はいなかった。ひとり前田又吉だけが信じ「これは天からのたまものだ。むざむざと放置してはいけない」と主張した。
 そこで資産をつぎこみ人を集め,草を刈りいばらを除き,水を引き建物を建て,休憩のためには亭を作り,鑑賞のためには花樹を植えた。さらに茶店や料理屋もでき,これはみな又吉のやったことである。そのため遠近から湯治に訪れる人は日ごとに増加した。数年のうちにさびしい山里は繁華の巷に変貌した。もし又吉がいなかったら現在の雑踏は兎や鹿が走りまわっていたであろう。また弦歌の声のかわりに孤狼のさけび声に満ちていたであろう。また満々とたたえた霊泉は岩の間からしみ出る一滴の水でしかなかったであろう。これを考えると又吉の功績は偉大なるものがある。
 この霊泉の効能は又吉の手により世にあきらかになり,又吉の偉業はこの霊泉の存在によって世に伝えられた。このためわたし(筆者巌谷一六)は霊泉に又吉泉と命名するものである。又吉は耳順(六十)を超えて体も気も壮健で意欲も衰えていない。これもまた霊泉の効験であると,以上申し上げる次第である。