新長谷寺古跡

NA127

しんはせでらこせき
石碑石碑周辺

 新長谷寺は北野天満宮御供所七保の内の四保にあたる。七保は北野神人といわれる神事に奉仕する人々が住んでいる七つの地域の総称で,右京一条と二条の間の地に設けられた。明治6(1873)年に御供所が廃止され,神仏分離令により新長谷寺だけが残ったが,それも廃されたのだろう。新長谷寺はかつてこの地にあり,名水の威徳水として知られた井戸があり地蔵尊を祀った。この石標は新長谷寺の跡を示すものである。
 なお,江戸中期には北区大徳寺門前にも同名の井戸があり,密教僧が大威徳の法を修する際の閼伽水に用いたと伝える。

所在地中京区西ノ京中保町
位置座標北緯35度01分15.4秒/東経135度43分48.9秒(世界測地系)
建立年1897年
建立者
寸 法高122×幅23×奥行19cm
碑 文
[南]
北野天満宮七保ノ内
新長谷寺古跡
[北]
明治三十年四月建之有志中
調 査2002年11月19日
備 考「同寺は現在の左京区浄土寺真如町真如堂内に移った」としていたが,誤り。真如堂境内の新長谷寺は,吉田村(左京区)から移されたもので,本石碑の寺院とは別である。

位置図
位置図

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