日彰校記念碑

NA126

にっしょうこうきねんひ
石碑石碑周辺

 日彰小学校は,明治2(1869)年東洞院三条(現在の梅忠町)に下京区第四組小学校として開校した。明治5(1872)年旧松山藩邸のこの地を購入し,もとの山階宮別邸を移築して校舎とし,階松小学校と改称した。明治9(1876)年京都府知事槙村正直により日彰小学校と命名された。都心地域にあり児童数の減少が進行したため,平成5(1993)年に立誠小・生祥小と統合され,閉校となった。この石標は日彰小学校の跡地を示すものである。

所在地中京区高倉通六角下る西側(高倉小学校前)
位置座標北緯35度00分24.8秒/東経135度45分44.8秒(世界測地系)
建立年1996年
建立者日彰同窓会
寸 法高98×幅80×奥行82cm
碑 文
[東・横書但「校歌」は縦書]
日彰校記念之碑
   1869年(明治2年)6月20日開校
      1993年(平成5年)3月31日閉校
   校   歌
春   ちから   のびゆく京は
いまたかく   自治の旗   かかげ
きぼうにかがやく   ひとみとひとみが
決意を   こめて
「しっかりやろうね」と
いつも   よびかける
   ほらきこえるよ   あの声は
   あかるい声だ   はずんだ声だ
   日彰のみんな   仲間のうた声
[南]
中田勇次郎書
[北]
平成八年一月吉日建立
   日彰同窓会
調 査2002年10月8日
備 考

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