西川耕蔵邸址

NA031

にしかわこうぞうていあと
石碑(0005156)石碑周辺(0005159)

 西川耕蔵(1823〜65)は,三条通の本屋に生まれたが学問を好み,梅田雲浜(1815〜59)に学び勤王家となった。元治元(1864)年6月5日池田屋の密議に加わっていたが,新選組の急襲を逃れ,聖護院の寓居に隠れていたところ捕えられ,慶応元(1865)年斬罪となった。この石標はその邸跡を示すものである。

所在地中京区三条通富小路西入北側
位置座標北緯35度00分31.1秒/東経135度45分51.6秒(世界測地系)
建立年1928年
建立者京都市教育会
寸 法高126×幅18×奥行16cm
碑 文
[南]
勤王
      西川耕蔵邸址
志士
[東]
昭和三年四月
[西]
京都市教育会
調 査2002年2月6日
備 考

上へ

[HOME]