療病院址NA024 |
りょうびょういんあと |
療病院は府立医科大学附属病院の前身で,蘭学医明石博高(1839〜1910)らが資金を募って創設した。明治5(1872)年9月,木屋町二条に仮病院を開設しドイツ人医師らによる診療を開始,11月に青蓮院に移り診療と医学教育が行われた。同13年仮病院から本院に発展し,河原町広小路に開院した。明治36(1903)年,京都府立医学校が京都府立専門学校(現京都府立医科大学)に改編された時に同校の附属病院となった。この碑は木屋町二条の仮療病院を記念するものである。 |
所在地 | 中京区御池通木屋町東入北側(御池大橋西詰) |
位置座標 | 北緯35度00分39.9秒/東経135度46分16.2秒(世界測地系) |
建立年 | 1954年 |
建立者 | 京都府立医科大学創立八十周年記念事業委員会 |
寸 法 | 高112×幅20×奥行15cm |
碑 文 | |
[西] | |
療病院址 | |
[北] | |
京都府立療病院は明治五年九月から仝年十月までこの付近で開設されていた」 | |
[東] | |
京都府立医科大学創立八十周年記念事業委員会 | |
調 査 | 2002年2月7日 |
備 考 | 建碑年は京都府立医科大学創立八十周年記念事業委編『京都府立医科大学八十年史』(1955年編者刊)による |