上田秋成翁終焉地

KA087

うえだあきなりおうしゅうえんち
石碑(0007112)石碑周辺(0007114)

 国学者の上田秋成(1734〜1809)は,大坂の養家嶋屋上田家の家業紙油商を継ぐ傍ら,『雨月物語』などを執筆した。60歳を過ぎて京都に移住し,知恩院門前袋町や南禅寺山内など居を転々としたが,友人の歌人羽倉信美(1750〜1827)邸で没した。この石標はこの地よりやや南東にあったと思われる秋成終焉の地を示すものである。

所在地上京区寺町通広小路上る(梨木神社内)
位置座標北緯35度01分24.5秒/東経135度46分01.7秒(世界測地系)
建立年1962年
建立者秋成翁敬慕後学有志者
寸 法高90×幅68×奥行18cm
碑 文
[東]
上田秋成翁自詠題書画
ふみよめは
   絵を巻きみれは
               かにかくに
   昔の人のしのハるゝかな
[西]
秋成翁の終焉地
翁が文化六年六月廿七日七十六才で終つ
たのはこの南の広小路下る東桜町の元百万
遍屋敷内の盟友羽倉信美邸である今記録を
失ひその邸址は確認出来ず又現在人家建て
込み表示の好処がないからこゝに石を立て自
詠を刻してこの遺跡を表明する
   昭和卅七年三月建
                  秋成翁敬慕後学有志者
                  後援   京都市観光協会
調 査2002年2月21日
備 考

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