山名宗全邸址KA079 |
やまなそうぜんていあと |
守護大名山名宗全(持豊,1404〜73)は,室町幕府将軍足利義政(1436〜90)の後継をめぐり,義政と日野富子(1440〜96)の子義尚(1465〜89)を擁立して,将軍の弟義視(1439〜91)を担ぎ,花の御所に陣を敷く管領細川勝元(1430〜73)らと対立した。東西両陣営は11年におよぶ応仁の乱を繰り広げた。この石標は,西の陣山名邸跡を示すものである。なお,この地を山名町というのは,この邸宅に因むものである。 |
所在地 | 上京区堀川通上立売下る一筋目北西角 |
位置座標 | 北緯35度01分53.4秒/東経135度45分06.4秒(世界測地系) |
建立年 | 1939年 |
建立者 | 京都市教育会 |
寸 法 | 高120×幅18×奥行18cm |
碑 文 | |
[南] | |
山名宗全邸址 | |
[西] | |
昭和十四年三月建之 京都市教育会 | |
調 査 | 2003年4月14日 |
備 考 |