鳥羽離宮金剛心院跡

HU119

とばりきゅうこんごうしんいんあと

 白河法皇(1053〜1129)が応徳3(1086)年譲位と同時に,鳥羽に造営した院御所を鳥羽離宮といい,全域180町に及ぶ広大なものであった。白河院没後,鳥羽法皇(1103〜56)も引き続き28年間院政を行ったが,その時建てられたのが田中殿(御所)であった。田中殿は皇女八条院(1136〜1211)の御所として法皇が造り,金剛心院は田中殿内にあった御堂である。この石標は,鳥羽法皇院政の地鳥羽離宮金剛心院の跡を示すものであるが,現在所在不明である。国指定史跡「鳥羽殿跡」(昭和53年指定)のうち。

所在地所在不明(伏見区竹田東小屋ノ内町カ)
位置座標
建立年
建立者
寸 法
碑 文
調 査2002年12月11日
備 考

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