猿塚の跡HU117 |
さるづかのあと |
猿塚(申塚)は竹田四十八塚として旧竹田村地域に散在している墓塚の一つ。詳細は不明だが,一説に鳥羽殿の遺跡といわれる。鳥羽上皇(1103〜56)が,保延元(1135)年鳥羽離宮内に山王権現大宮社を勧請した。明治13(1880)年廃社となり,山王七社の神像を近くの北向山不動院に移し,その地は竹田小学校となった。この石標は,山王権現の猿を産土神とした猿塚を示すものである。 |
所在地 | 伏見区竹田三ツ杭町 |
位置座標 | 北緯34度57分18.8秒/東経135度45分31.5秒(世界測地系) |
建立年 | 1974年 |
建立者 | 竹田史蹟保存会 |
寸 法 | 高117×幅25×奥行18cm |
碑 文 | |
[西] | |
史蹟 猿塚の跡 | |
[東] | |
往昔白猿この所に来り遊ぶこれ即ち山王権現叡嶽の麓 | |
よりこの地に影向の瑞なりと、因って当所に山王神を勧請して産土の神と為す | |
昭和四十九年二月十一日建之 竹田史蹟保存会 | |
調 査 | 2002年11月29日 |
備 考 | この石標は私有地内に立ち外からは見えない |
位置図 | |