大石良雄遊興地よろづやHU029 |
おおいしよしおゆうきょうのちよろづや |
大石良雄(1659〜1703)は,播磨赤穂藩主浅野家家老で通称内蔵助。元禄14(1701)年主君浅野長矩(1665〜1701)が吉良義央(1641〜1702)に江戸城中で刃傷に及び,切腹を命じられ,領地は没収された。大石良雄は赤穂藩再興をはかったが受け入れられず,山科に閑居し,伏見撞木町で遊興に耽るとみせて吉良邸討ち入りを画策したと伝える。この石標は,伏見撞木町よろづやの跡を示すものである。 |
所在地 | 伏見区撞木町 |
位置座標 | 北緯34度56分45.7秒/東経135度45分55.3秒(世界測地系) |
建立年 | 1924年 |
建立者 | |
寸 法 | 高78×幅30×奥行19cm |
碑 文 | |
[南東] | |
大石良雄 | |
よろつや | |
遊興之地 | |
[北西] | |
大正十三年十二月十四日(印)(印) | |
調 査 | 2002年2月13日 |
備 考 |
位置図 | |