井上世外詩碑 碑文の大意(碑陰)
 碑の表に彫ったのは世外井上侯爵(井上馨)の詩(の一部)である。碑を建てたのは中井慈眼翁である。そもそも桓武天皇が遷都された平安京の地は,風光明媚であること無類である。慈眼翁はこの山水をひとつの公園となし景観を整備することに力を尽していた。
 このたび井上侯爵と春畝伊藤公爵(伊藤博文)がそろって木戸孝允の三十三回忌に列席するため来京した。井上侯の詩はこの時の作である。そこで慈眼翁は東山に土地を選び井上侯の詩を刻んだ碑を建て,それによって山水の美におもむきを加え,豊かな国土の基礎をさらに整備しようと考えた。その志は実に美しい。
 わたし(筆者藤沢南岳)がおもうに,庭園は遠の人を招き寄せることがたいせつである。雉や兎やあるいは木こりであろうとも来る者を問わない周の文王の庭園(孟子梁恵王下)がお手本である。そうすればその名はすみずみまで知られ,その美はあせることがない。こういう重いが慈眼翁の趣旨だと以上のとおり記すものである。