孝明天皇御胞衣埋納所HI049 |
こうめいてんのうおんえなまいのうしょ |
孝明天皇(1831〜66)は仁孝天皇の第4皇子で,弘化3(1846)年践祚して第121代天皇となった。公武合体・鎖国攘夷を貫き,幕府に対して海防強化を要求し,安政五カ国条約を拒否した。痘瘡で死去したとされるが,毒殺説もある。この石標は孝明天皇の胞衣を埋納した地を示すものである。埋納については,『孝明天皇紀』第一(降誕)に詳しい。胞衣(えな)とは胎盤のことをいい,かわらけに胞衣を入れ,のし結びや小刀を副えて吉方の土中に埋める習俗があった。建立者の諏訪蘓山(1851〜1922)は石川県出身の陶芸家で,ワグネルに陶芸を学び,明治33(1900)年九谷から京都に移住した。 |
所在地 | 東山区五条通東大路西入北側(若宮八幡宮内) |
位置座標 | 北緯34度59分42.5秒/東経135度46分29.3秒(世界測地系) |
建立年 | 1914年 |
建立者 | 諏訪蘓山 |
寸 法 | 高127×幅26×奥行25cm |
碑 文 | |
[東] | |
孝明天皇御胞衣埋納所 | |
[南] | |
諏訪蘓山 | |
[西] | |
大正三年十一月吉日 | |
調 査 | 2002年2月27日 |
備 考 |