大雅堂旧跡HI034 |
たいがどうきゅうせき |
池大雅(1723〜76)の家は北山深泥池村で代々農業を営んだが,父が京都に出て銀座の下役になった。大雅は少年時代より書を学び,南画を研究した。30歳頃祇園茶店の娘町(玉瀾)と結婚し,この地真葛原(知恩院から円山公園を経て双林寺に至る台地一帯)に草庵を結んだ。与謝蕪村(1716〜83)とともに日本的な独自の文人画を大成した。この石標は池大雅の住居跡を示すものである。 |
所在地 | 東山区鷲尾町(円山音楽堂内) |
位置座標 | 北緯35度00分07.6秒/東経135度46分50.2秒(世界測地系) |
建立年 | |
建立者 | |
寸 法 | 高270×幅65×奥行28cm |
碑 文 | |
[西] | |
大雅堂旧跡 | |
調 査 | 2002年2月14日 |
備 考 |
位置図 | |