竹内栖鳳邸跡HI030 |
たけうちせいほうていあと |
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| 竹内栖鳳(1864〜1942)は,御池通油小路の料亭「亀政」に生まれ,幸野楳嶺(1844〜95)に師事し,棲鳳と号した。明治33(1900)年日本画家として初めて洋行し,帰国後栖鳳と号した。四条派の手法を近代化し,京都画壇の重鎮となり,横山大観(1868〜1958)と並び第1回文展審査委員や第1回文化勲章受章者となった。この石標は竹内栖鳳邸宅跡を示すものである。 |
| 所在地 | 東山区八坂上町(高台寺南門前) |
| 位置座標 | 北緯34度59分56.7秒/東経135度46分46.8秒(世界測地系) |
| 建立年 | 1978年 |
| 建立者 | 京都新聞社 |
| 寸 法 | 高133×幅20×奥行20cm |
| 碑 文 | |
| [北] | |
| 竹内栖鳳邸跡 | |
| [西] | |
| 「京都画壇の巨峰−竹内栖鳳」展(昭和五十三年五月二十日 | |
| から六月十八日まで於京都市美術館、京都市ならびに京 | |
| 都新聞社主催)開催を記念して茲にこれを建立 | |
| する | |
| 昭和五十三年八月二十三日 | |
| 京都新聞社 | |
| 調 査 | 2002年2月14日 |
| 備 考 |
| 位置図 | |
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