長岡宮大極殿遺址

GA012

ながおかきゅうだいごくでんいし
石碑(0028058)石碑周辺(0028059)

 長岡京は延暦3(784)年11月から延暦13(794)年10月まで,山背国乙訓郡長岡村(現在の京都府長岡京市・向日市あたり)を中心として,桓武天皇の命により造営された都。その位置は諸説あったが,明治になり現向日市鶏冠井町附近を長岡宮大極殿の位置と推測し,平安遷都千二百年祭にあわせてこの碑が建立された。当初は現在地より北西,現北大極殿公園に相当する場所に建てられたが,戦後の発掘で大極殿の位置が確定し,昭和39年に一帯が「長岡宮跡」として国史跡に指定されたことを機に現在地に移設された。
 この碑の建立経緯については,玉城玲子「長岡宮大極殿跡紀念碑の建立と地域社会」『社会科学』77号(同志社大学人文科学研究所,2006年)に詳しい。

所在地京都府向日市鶏冠井町大極殿(大極殿公園内)
位置座標北緯34度56分35.3秒/東経135度42分12.2秒(世界測地系)
建立年1895年
建立者長岡宮城大極殿遺址創設会
寸 法高約430×幅44×奥行42cm
碑 文
[西]
長岡宮城大極殿遺址
[東]
明治廿八年二月同志者相謀建此碑碑面題字
大勲位晃親王之書也      山階家令正六位勲五等黒岩直方謹記
調 査2009年2月21日
備 考

位置図
位置図

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