日本最初盲唖院開学地

NA057

にほんさいしょもうあいんかいがくのち
石碑(0009942)石碑周辺(0009939)

 日本の盲唖教育は,明治6(1873)年上京区第十九組区長が,隣家の聾唖姉弟の教育を待賢小学校に依頼し,同8年区内有志の賛助を得て,同校教師古河太四郎(1845〜1965,初代校長)らが校内にそのための教場を開いたことに始まる。同11年2月より盲生教育も開始した。明治11(1878)年5月この地旧生糸改会所を仮校舎として盲唖院が開校された。翌年正式に府立学校となり,府庁前に移転した。大正14(1925)年まで人件費以外は,すべて寄附金に頼り,府市民や皇族の慈善により維持された。この石標は日本最初の盲唖院の跡を示すものである。

所在地中京区東洞院通押小路下る東側
位置座標北緯35度00分42.0秒/東経135度45分38.9秒(世界測地系)
建立年
建立者古河進
寸 法高153×幅22×奥行19cm
碑 文
[西]
日本最初盲唖院開学之地
[東]
(未確認)
[南]
古河太四郎の六男進■之
[北]
明治十一年五月二十四日於此地開業
調 査2002年2月5日
備 考2012年3月に再度確認したところ2002年以降この地にはマンションが建てられ碑はその奥まった敷地内に移設された/その結果東洞院通からはかろうじて碑を望むことができるだけで近づくことができない

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