牧畜場記念碑 ■■旧データ■■

SA074

ぼくちくじょうきねんひ
石碑(0010176)石碑周辺(0010174)

 牧畜場は,明治5(1872)年,京都府知事長谷信篤(1818〜1902)が勧業政策の一環としてこの地に設けたもので,良種の牛羊繁殖,牛乳や乳製品の製造,羊毛の販売などが行われた。この碑は牧畜場を記念するものである。明治13年に建立する予定で碑文が書かれたが,種々の事情により昭和16(1941)年に建立された。

所在地左京区吉田阿達町(京都大学東南アジア研究センタ−内)
位置座標北緯35度01分04.1秒/東経135度46分31.1秒(日本測地系)
建立年昭和16年
建立者京都搾乳畜産組合
寸 法高150×幅80×奥行14cm
碑 文
[西]
牧畜場記念碑【篆額】
牧畜場ハ農業上必須ノモノニシテ利用厚生ノ道ニ裨益アル蓋シ鮮
少ナラサルナリ而シテ牛羊ハ其ノ最モ大ナルモノトス然ルニ内国
ノ牛種タル之ヲ外国種ニ比スルトキハ其体格性質ノ優劣誠ニ同旦
ノ論ニ非サルナリ是ニ於テ先ツ牛羊ノ良種ヲ蕃殖シ併セテ管内ノ
牛種ヲ改良セムコトヲ図リ米国加留弗留尼亜ヨリ牛羊数頭ヲ輸入
シ明治五年二月本場ヲ鴨東ニ開キ独逸人ジヨンスシヨンメンヲ雇
ヒ以テ農牧ノ務ニ従事セシム六年五月米国人ゼームスオースタイ
ンウヰードヲ雇ヒ大ニ農牧ノ学ヲ講ジ之ヲ実地ニ経験ス八年六月
京都博覧会ニ出品シ有功賞銅牌ヲ受ケ九年復之ヲ受ク此ノ歳十月
丹波国蒲生野ニ分場ヲ開キ農牧学校ヲ設立シウヰードヲシテ担当
教授セシム十年二月   聖上臨幸牧畜ノ実況ヲ天覧アラセラレタリ
十二年四月貸與牛規則ヲ創設シ和牛数百頭ヲ買入レ本場蕃殖ノ洋
牛ト共ニ管内ノ人民ニ貸與ス是レ則チ農民ノ力作ヲ助ケ一ハ牛種
ノ改良ヲ図ルノ意ナリ
      明治十三年庚辰十二月京都府知事槙村正直ノ命ヲ受ケ
                                             勧業課一等属明石博高撰之
 
[東]
本碑撰文以来六十二星
霜此ノ史実ノ湮滅ヲ惧
レ茲ニ朝野ノ協賛ヲ得
テ之ヲ建ツ
   昭和十六年四月一日
      京都搾乳畜産組合
                  秋山興蔵書
調 査2002年2月19日
備 考明治天皇行幸所牧畜場阯(SA051)と並び立つ

位置図
位置図

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