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二条城の庭園

清流園

 創建時(家康の時代)の二条城北部清流園地区は洛中洛外図屏風などから城内通路と天守閣の一部が存在していたと推定されます。しかし,寛永元年(1624)~同3年(1626)(家光の時代)にかけての二条城増改築の折,天守閣は淀城に移築されて空地となりました。寛永11年(1634)以降,同心(幕府の役人)の住まいが建造され,幕末まで建造物群があったことが確認できます(但し,一時天明の大火で焼失)。同心らの住まいは明治前期に撤去されたと考えられ,緑地に整備されたと思われます。大正4年(1915)には大正天皇即位式饗宴の儀の会場として利用され,饗宴施設等が増築されました。翌大正5年(1916)より城内の復旧工事が行われ,饗宴施設の一部は岡崎桜の馬場(現在の京都会館付近)へ移築撤去され,その跡地を有名な造園家小川治兵衛氏によって疎林式庭園に復旧されました。

清流園
平面図からみた清流園
(矢印の所をクリックしてみてください。)

 昭和25年(1950)進駐軍の意向によりテニスコートに転用され,その後,昭和40年(1965)に清流園が造営され,現在に至っています。この庭園は河原町二条にあった旧角倉了以の屋敷の一部,庭石,庭木等を無償で譲りうけ,更に全国から集めた銘石,篤志家より寄贈を受けたものなどを用い,昭和40年(1965) 完成しました。庭園は当時の高山義三市長によって「清流園」と命名され,東半分が芝生を敷き詰めた洋風庭園,西半分は二棟の建物を含めた池泉回遊式山水園(和風庭園)からなる和洋折衷庭園で,観賞するだけでなく実用的な庭となっております。

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